2012年6月8日金曜日

まことに、まことに、あなたがたに告げます。ーイエス・キリスト

そこで、イエスはまた言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしは羊の門です。(ヨハネ10:7)

イエス様が「まことに、まことに、あなたがたに告げます。」と言うとき、私たちがイエス様に対して自分の意見を述べることを望んでいるのではなく、むしろ御言葉に聞き従うことを望んでいるのです。誰もがイエス様の声を聞けるわけではありません。イエス様の羊だけに聞こえるのです。その羊とはへりくだった心を持ち、恵みを受け取って羊飼いに従って行く用意ができているのです。 

 
  しかし、神は、さらに豊かな恵みを与えてくださいます。ですから、こう言われています。「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。」(ヤコブ4:6)
イエス様は羊の門(KJVではdoorー扉と訳されています)と言っていますが、羊や扉とはどのようなものなのでしょうか? 

 扉といえば、ノアの箱船が思い浮かぶことでしょう。ノアは扉をくぐって箱船に入り、神が最後にその扉を閉めました。誰もが箱船に入ったわけではなく、ただノアとその家族だけが入ったのでした。ノアは神の御前に完全であり義の(正しい)人でした。ノアは神様の命令をすべて守り抜きました。それとまったく同じように、私たちも扉(イエス様)をくぐるとき、神の目に義であり完全でなければならないのです。 


まことに、まことに、あなたがたに告げます。だれでもわたしのことばを守るならば、その人は決して死を見ることがありません。」(ヨハネ8:51) 


主イエス様は私たちの羊飼いであるとともに、神の子羊でもあります。裁きの座で、イエス様はご自分が着ているような純白でけがれのない衣を私たちも着ているかどうか見ることでしょう。 


 そこで、王は言った。『友よ。あなたは、どうして礼服を着ないで、ここにはいって来たのですか。』しかし、彼は黙っていた。(22:12) 


 この礼服とは、聖潔の実であり、別の言い方をすれば私たちはこの人生をどのように生きてきたかを表すものなのです。 


その後、私は見た。見よ。あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、だれにも数えきれぬほどの大ぜいの群衆が、白い衣を着、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立っていた。(黙示録7:9)


 (新改訳聖書より引用)


Evangelist Yumi, Acts 29 Japan
www.acts29japan.com

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